anegoは行くどこまでも...

ラフ着(Tシャツ・パーカー)を愛する独り言。”考えるより感じろ”をモットーに雑記します。商店街のような温かい賑わいね。

飽食と廃棄

f:id:anego_yukudoko:20190204180453p:plain

シンプルに生きたいと思うほど、複雑に思考を生み出しているanegoです。

 

毎年、恵方巻きの廃棄問題が取り上げられています。確かにそのとおり。それに限らず様々な食の廃棄は無視できないと思います。

 

結論から言うと、売り側は、余分に作らず売れ切れで無くなったらその日はそれで良いではダメですか?お客側は、それ今買って食べないと餓死しますか?明日まで待てませんか?また今度ではだめですか?他の選択肢はないのですか?

 

私の知人が、以前デパ地下の量り売りのお惣菜でバイトしていて辞めたのですが、理由を聞いて改めて身近に感じました。

 

そこはいつでも、ショーケースのトレイにいっぱいお惣菜をてんこ盛りして出していなくてはならないそうです。そう、いつでも。もうすぐ終わりの時間になる夜でも。

 

いやいや、もうすぐ終わるんだから、そのトレイてんこ盛りにしなくても良いでしょ。そう思うのですが、終了時間までお客さんが来た場合、いつでも満たされてますよって状況にしていないといけないそうです。

 

へ?終了時間ギリギリ前までにお客さんが大勢押し寄せるわけないですよね?大量にてんこ盛りのトレイの数々、それってラップして何処か大型冷蔵庫に保管するの?いやいや、そのまま廃棄。終了時間後、それを当たり前のように片づけさせられてバイトの仕事が終わる。仕事とはいえ、不本意にもそれに加担してる事に嫌気がさして辞めたと言っていた。

 

それは辛かっただろうと思います。もちろん社会には、不本意でも不条理でも理不尽でも、それ決まりだからって事は多いです。勝手な決め事です。ほとんどの掘り下げは、お金が絡む事です。利益前提ですから。

 

でも利益利益だとしたら、無駄に作らない方が良いのでは?と思うのですが、これは素人考えでしょうか?というより利益以前にもったいないという心はないのでしょうか?いやそれ以前に野菜などを作ってくれる方々への感謝はないのだろうか?

 

お客さんが来て、そこに無かったら、買わない。買うつもりがなくても、そこにあったら買うかもしれない。だから無いことがないようにいつも満たして置く。捨てるより買ってくれる数字の利益。捨てなくては、あなたたちの給与も払えませんよって脅されて致し方なくそれに応じる。

 

凄く考えさせられる事ですね。皆良くない事だとわかっていても、自分の保身のためにそれを受け入れる。だって生活するためにお金が必要だから。自分の意思ではなく、会社やバイト先のルールだからそれを理由に責任は逃れられる。そうみんながそうだから、社会がそうだから。

 

いつまでこんなこと続けていくんだろう。

 

私は、売り切れてない売り場を見ると、すごく良心的にやっているな~と感心して、そこに売れ残っている他のモノを買ってしまいます。もちろん買わない時もありますが。

 

野菜でも曲がったキュウリやナス、不格好なトマト、虫食いのあるキャベツやはくさいを買います。それが一番素直な野菜たちだから。農薬まみれで虫も食べてくれないようなモノを私たちが食べるのは...。だからと言って、いつもそればかりではないですよ。

 

スーパーの片隅にある○○さんちで作ったと農家さんの名前が書かれてあるものをなるべく選んでいます。それだってどこまで無添加、無農薬かわかりませんけど。でも見栄えが悪いだけで商品として陳列できなくて捨てられるのだったら、それを買いたいですね。支障は全くないですから。

 

何故に見栄えを気にするのだろう。それじゃなきゃ高く売れないから。たとえ農薬まみれでも。いや不格好でも安全で味保障!の方が良いのではないでしょうか。家にそのままの形でオブジェとして置いておくのですか?当日、または2、3日のうちに刻んで料理するというのに。

 

お客さまは神様というけど、ほとんどは紙(紙幣)様扱いですね。信用をお金で支払っているから信用をいただいているんだって正論ですが、お客さまだけが神様ではないですよ。お客さま側も買わせてもらってるという双方の信用やりとりです。売ってやってる、買ってやってるのではなく、売らせてもらっている、買わせてもらっているのだと思います。どちらが優勢でも有利でもなく、どちらも同じだと思います。それではあなたは商売向かないわねって言われるでしょうけど、そうかもしれません。過剰に崇めたてるサービスが廃棄へと繋がるのでは、私は向いてないのかもしれません。

 

読んでいただきありがとうございます。

これからもよろしくお願いします。


anego
でした。