anegoは行くどこまでも...

ラフ着(Tシャツ・パーカー)を愛する独り言。”考えるより感じろ”をモットーに雑記します。商店街のような温かい賑わいね。

過去を振り返るとごちそうができていたけど、まだ食べれない

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あまりの寒さに自分が雪だるまになった方がいいのでは?と思うanegoです。

 

1月がもう行ってしまおうとしてるのに、まだ正月太りが解消されません。いくら寒いから脂肪をつけた方が少しは体感が違うだろうと思っても、歳のせいにしてまだまだ解消

されない丸っとした身体に愛着さえ感じます。

いっその事、雪の着ぐるみでも着て雪だるまになっちゃえば良いのかもと思いますね。

 

最近、無駄だとわかっていても、振り返ってしまうのです。懐古趣味ではありません。ただ過去を振り返ってみると、喜びや悲しみや嬉しさや苦しみや笑いなど、物凄い地層になって積み重なっているのです。

 

歳が多い分積み重なりの層はそれなりに高い山になっています。内容的には、山あり谷ありと誰もがそうだろうと思うのですが、皆と比べるのは無意味なもので、でも私自身の在り方を客観視してみると、だいぶ波乱万丈のように感じます。これも独りよがりなのだろうとわかっていますが。

 

あまりにも色カラフルで多彩なデコボコの地層を見ていると、御チソウに見えてきました。すぐさま貪欲にむさぶって食べてしまいたいのですが、その御チソウをまだ食べることができないのです。

 

たくさんの層の中の何かがまだ解決していない事があるのだろうと思うからです。それが何なのか...。私の中ではわかっているのだと思うのですが、思考の中ではそれを引っ張り出すことができていません。感じるモヤモヤはあるのですが、それがわからないのです。数日間、ずっとそんな無意味な事を繰り返していました。

 

未来があるから過去があるのか、過去があるから未来があるのか。それとも過去も未来もなく、ただ今だけが在るのか。ただ今だけに生きる...それが正解だってわかる。自分の世界は自分が作っているだけに過ぎないこともわかる。ただ過去の層の一欠けらに拘わるのは何故だろうか。他にも不完全は山のようにある。でもそれらは認めているから気にならない。これ解決しないと前に進めないのだろうか。憂いが邪魔してますね。

 

小さい頃よりこの世界の住み慣れなさと心地悪さを感じてはいたのですが、生まれ持った素材は大人になっても変わらないのですね。いつもフィルターがかっています。たとえそれが無色だとしても、そこにあることには変わりません。見通しが良くても、でもそこにあるのです。

 

それでも適応しようとそつなく演じることはできます。普通や平均値を装うことは大人ですからできます。ただ弊害として、素直に生きる事を忘れてしまったんです。きっと忘れた素直な部分に反応して、御チソウの一欠片がドクンドクンと脈を微かに打っているのかもしれません。

 

だから振り返ると、幾重にも積み重なった御地層がいまだに食べる事ができず、手を付けられないのです。

 

「みんなそうさ、そんなの特別じゃなくみんな心の何処かに感じてるさ。」そう涼しげにサラリとみな答えるのかもしれません。みんな私よりもずっとずっと大人なのですね。私は普通を演じる不自然さと素直で在りたい自分のジレンマに押しつぶされそうになって叫んでいるだけなのかもしれない。egoの塊。そうan egoそのもの。



読んでいただきありがとうございます。

これからもよろしくお願いします。


anego
でした。